2021年09月

2021年09月22日

高橋一生さんの事をつらつらと

うーん‥

高橋一生さんについての情報はあらゆるメディアから
自分なりのアンテナをめぐらし入手してきました。

たとえばユーミン(特に荒井由実の時代)の曲を
幼い一生さんが初見で歌えてしまった事とか‥

理由はユーミンが好きでユーミンの曲を聞きまくっていた
妊娠中のお母様の趣向が
意図すること無く胎教として功を奏したということなのでしょう‥‥

週末になりますとひとりで電車に乗り
お祖母様の家に遊びに行くようになった小学生の一生さんに
お祖母様はいろいろな映画を観せてくれたようです‥

最初に観た映画は沢田研二さん主演の
「太陽を盗んだ男」だったそうで  
小学4年生の一生さんはジュリーのファンになったと言います。



(小学6年生以来55年以上のジュリーファンである私は
一生さんとの共通項を発見し、とても嬉しかったです。)

お祖母様はジャンルを問わず
ディズニー映画はもちろん
血が滴り落ちるほどのハードなホラー映画や
「二十歳の恋」(パリ、ローマ、東京、ミュンヘン、ワルシャワの
5都市を舞台に恋と青春をテーマにした
1962年の国際オムニバス映画だそうです)なども
お祖母様の解説付きで御覧になったようです。

お祖母様は引っ込み思案気味な一生さんを心配し
児童劇団を勧めます。

あまり長続きしなかった他の習い事よりずっと長く続いたのは
一生さんのお芝居を見て喜ぶ
お祖母様の笑顔が見たかったからだそうです。
8歳の時のこの選択がなければ
果たして今の高橋一生さんは存在するのでしょうか?

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もちろん一朝一夕というわけではなく
一生さんにしましてもご自分の芝居に対しまして
紆余曲折はあったようにお見受けします。

主に映像中心のお仕事を子役からやってこられた一生さんは
気がつけば難なく仕事が出来ていて
自分スタイルを確立したような気になっていたそうです。
しかし、その状態に19から20歳にかけての一生さんは危うさを覚え
所属事務所の勧めもあり劇団扉座の研究生になったわけです。

編集作業もなにもない舞台に立つことで
自由になり、呼吸も楽になったそうです。
固まりかけていたものがほぐれてきたのでしょうね。

しかし‥20代の頃は、なかなか密度の濃い役がとれなくて
ふてくされた事もあったようですが
舞台で身についた部分が映像の仕事で生かされる事も多いようで
一生さんの芝居の可能性に相乗効果を齎し
たくさんの事をつかみ取る事ができたようです。

特に芝居の本質をつかむきっかけを与えてくれた
蜷川幸雄さんの「俳優が役を演じるってさ、『なり得た自分になる』
って事だよな」という言葉で迷いが払拭されたそうです。

何れにしましても、割と早く俳優で身をたてると決めていたのには
他にも理由があったそうです。それは一生さんの家庭環境でした。
お母様が再婚を繰り返し父親違いの弟が4人生まれ
下の弟とは18歳差があり、自分が親代わりになり困らない程度に
弟達の面倒を見ていこうと決めていたのです。


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しかし‥一生さん自身が「これを演じられれば俳優をやめてもいい!」
「死んでもいい!」と想う程の役を頂けるようになり
充実した仕事が目白押しの昨今、ふっと気がつくと‥

「一生!良かったよ!最高!」なんて忌憚なく言ってくれる
お祖母様もお母様も鬼籍に入られ
しかも末っ子の弟さんも成人され
4人の弟さんが全員自立するようになった今
一生さんはモチベーションをどう高めていいのか
わからない状態に陥ったと言います。

想えばずっと「誰かのため」に俳優という仕事を続けていた一生さん‥

俳優として抱いていた夢もここ数年で叶ってしまったそうで‥
お祖母様、お母様からの一生さんの芝居に対する想いと言葉が
ある意味てびきであり励みだったのかもしれません‥

幼い一生さんが「お腹すいた」と言うと
お祖母様は味噌を塗ったおにぎりを握ってくれたそうです。
そんなお祖母様を本源とした影響は原動力だったようです。

でも現在の一生さんは叶ってしまった夢の後始末をどうつけるかが
これからのテーマだそうです。


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もちろん今までの人生、お母様お祖母様からの影響だけでは無いはず‥

ハーレーダビットソンを乗りこなすお祖父様の影響は
オートバイなのかしら?

あと‥お父様に頂いた大きなスーツケースに
身の周りの物を全て入れ、身一つで移動可能な
ミニマリストの魁のような生活もしていらしたようです。

ミステリアスな一生さんの生育状況は
一生さんの母親と父親の間に一生さん
母親と2番目の父親の間にお二人
母親と3番目の父親の間にお二人の5人兄弟です。

3男(2番目の父の下の弟)はnever young beachの安部勇磨さんです。

一生さんという役者さんを私は大好きになりました。
好きになるということは現在過去未来をすべてひっくるめて
好きという事にほかなりません。

現在在るその人は時の流れが連れて来てくれたのです。
流れた時間の出来事がその人をそこに至らしめているのです。
少しでも出来事を知りたいと想うのは必然ですし
これから先の時の流れも何が飛び出すのかとっても楽しみです。

供給はいつなのでしょう‥‥待ち遠しい毎日です。


あ!もちろん暮に放送される「岸辺露伴は動かない」新作は
狂喜乱舞しました!楽しみ過ぎる!







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2021年09月12日

朝、窓を開けると金木犀の香りが‥

昨日、今日と湿度の高い日が続きます。

今日の朝窓を開けると仄かな香りに気がつきました。
金木犀の香りが、今年もどこからともなく漂ってきました。

昨日は感じませんでしたが今日は「あっ!」っと想いました。

季節の移り変わりを香りで感じる事のできる筆頭は
「金木犀」だと想います。

「沈丁花」「くちなし」等もありますが
街全体を境目無く包み込む香りの広がりを有するのは
私の住む狭い範囲の関東地区限定として言うならば
「金木犀」以外に思い当たりません。

そう想いつつ朝刊を広げ真っ先に本日の「天声人語」を読めば
おお!ここでも「金木犀」が主役となっておりました。
とても興味深く楽しく読みました。

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「金木犀」の香りというのは
こんなにも人が想いを巡らすようなエネルギーを有するのかと
つくづく感じ入りました。

香りというのは妙な具合に、自己の記憶の奥底から
忘れかけていた映像をフッと脳裏に浮かび上がらせる力があります。

私の場合を例えれば‥小学生の頃通っていた塾の教室に漂っていた
男性教師愛用のポマードと同じ匂いに遭遇すると
たちまちあの頃の塾の教室の様子と
塾通いに気乗りしない自分自身の心の有様までが去来し
胸のあたりに靄がかかったような状態になります。

匂いの記憶には視覚の時にはない
その場の具体的な様子と付随する心情までが
当時のまま、なまなましく蘇るような‥
そんな不思議な力があるような気がします。

『視覚の情報は意外と改ざんされてしまうけれど
臭覚は違う気がするんです。
匂いを嗅いだ瞬間その時の出来事が蘇ってくる。
桜もそうだし、秋なら金木犀もそう。』という
記憶が曖昧になってしまった病床のお祖母様が
持参した桜の花の匂いで記憶が蘇ったという
以前拝読しました高橋一生さんの誌面記事が過りました。

霧雨舞う初秋の日のほんの一時の想い巡り‥でした。







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wxy812 at 21:56|PermalinkComments(0)生活 | 思うこと

2021年09月01日

美しい日本に出会う旅を卒業‥

10月2日(土)夜7時から2時間SPで放送されます
BS-TBS「美しい日本に出会う旅SP」なのですが‥

今回初めて旅の案内人・語り担当の三人旅が実現し大喜びしたのですが
な、なんと!高橋一生さんの番組卒業の旅という事のようです‥

ショックですう‥‥

この番組は、街道をたどりながら
古くから続く美しい日本を再発見するという趣旨で
2012年10月から歌舞伎役者の中村勘九郎さんが旅の案内人として
語りを努めながら始まりました。

ご本人も実際の旅人として何回かリポート役として登場し
2015年からは弟の中村七之助さんが案内人・語りを引き継ぎました。
その後2017年4月からは井上芳雄さん、高橋一生さん、瀬戸康史さんへと
引き継がれてきました。

一生さんはこれまで2回、実際の旅人としてリポート役を務めました。

2017年9月13日放送の「高橋一生旅する伊勢・熊野
感動!日本最古の温泉と神宿る滝へ」は興奮しながら見ました。

少し前の8月20日、大河ドラマ「おんな城主直虎」
第33回「嫌われ政次の一生」を観た後
所謂「政次ロス」に陥った私は体調を崩すほどでした。
そんな状況下での一生さん自らの旅姿を
涙が溢れるほど嬉しく、心踊らせ胸弾ませながら観た記憶があります。



地元の女性に早朝の伊勢神宮境内を案内され散策し参拝した後に
赤福本店で出来たての赤福を食べた一生さんはあまりの美味しさに
思わず肩を上下するほどの笑みをこぼしていましたっけ‥



熊野古道をたどり三重県尾鷲市ではエビを味わい熊野丸山千枚田では
絶景スポットへ、日本最古の温泉湯の峰温泉では
世界遺産の「つぼ湯」に浸かり
和歌山県那智勝浦町ではマグロの解体に挑戦し
熊野那智大社では創建1700年の節目で、100年に一度の神事として
白い石を感慨深げな表情で奉納しました。

「旅を通じて人と出会っていくことは大事だと改めて感じました」と
一生さんはコメントしていました。



2回目は昨年2020年1月8日と15日の2週連続に渡り
「高橋一生が旅する奄美大島
島人がつなぐ大島紬と黒糖の楽園」が放送されました。

島全体が国立公園に指定されている鹿児島・奄美大島での
ロケーションは2019年の12月上旬だったそうです。
「凪のお暇」も終了し供給が乏しいころでした‥
「スパイの妻」のロケが10月初旬からで11月初旬クランクアップ‥
「天保十二年のシェイクスピア」のお稽古に入っていた頃でしょう‥

一生さんは、さとうきび畑、黒糖製糖工場、大島紬の織元
泥染め工房を訪問し、それぞれ黒糖作り、機織り、泥染めに挑戦し
奄美島唄の歌い手や、民間の巫女ユタ神様
ガジュマルのトンネルも紹介しました。

今回の旅をして、黒糖、着物などの職人の方が
どう向き合い、どういう風に作り出していくのか工程を見る事ができて
ものに対する考えが少し変わったような気がすると
感想を述べられていました。

そして‥一生さんは4年半に渡る旅の案内人・語りのお仕事を
10月の三人旅をもって卒業します。

バタバタと落ち着きのない生活を送っている私にとって
水曜日の夜「美しい日本に出会う旅」で静かに流れる
耳を撫でるような高橋一生さんの魅惑的なお声は
体の中心まで響き渡り
得も言われぬリラックス効果をもたらしてくれました

本当に寂しい限りです‥


10月6日からは松下洸平さんが新しい旅の案内人・語りを担当します。





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wxy812 at 23:05|PermalinkComments(0)TV番組 | 高橋一生