2022年01月

2022年01月27日

タクシーの人格‥?

私の生まれ育った家には車はありませんでした。
大正生まれの亡き父は若い頃、車の運転はしていたのですが
事故を起こしたのをきっかけに運転はやめたそうです。

思えば生まれた頃からずーっと今の今まで
駅から歩いて7~8分という場所に住居があり
移動には最寄りの駅から電車に乗った方が早いので
免許を取得するという意識も、車への憧憬も
昔からありませんでした。


DSCF3015

ですから母の通院のたびに
私はタクシーの配車を頼みます。

実弟は車の免許は取得しておりますが仕事があります。

頻繁にタクシーを利用していろいろ思った事があります‥

乗車するとタクシーの狭い空間そのものに
気質のようなものを感じます。
ですからタクシーによって対応の仕方に違いがあり
運転手さん込みで、タクシーという存在自体が
まるで生き物のように思えてしまいます。

よろよろと座席から立ち上がった母が
私の介助で歩き始めた途端
閉まるドアが母の体に当たりよろけるという事が
今までに数回ありました‥先を急ぐあまりの事なのでしょうね‥
乱暴なタクシーに遭遇した事もあります。

タクシーの椅子にやっと座り、奥へ躄れない母をそのままに
私は跨いで奥の席に座ります。
察知して反対側のドアを開けてくれるタクシーは少数です。
言えばよいのでしょうが、面倒なので跨いで乗ります。

かと思いますと
乗車する足の悪い母の状態を見ると、すぐに判断し
旗竿敷地である実家の私道へバックで入り
母を公道まで歩かせる事なく優しく乗車させてくださる
タクシーもいます。

乗り降りに「気をつけて」「大丈夫?」と
気遣って下さるタクシーも‥

DSCF2957

通院の行き帰りのタクシーは母と私にとって、頼みの綱です。

頼みの綱であるタクシーに優しくされたり、冷たくされたり‥

タクシーから降りて無事帰宅すると母も私もぐったりです。

タクシーの「人格」のようなものに翻弄されます。

介護タクシーも時々利用しますが予約しなければならず
なんとなく難儀だし、気楽ではありません。

通院の度に私は自分の力のなさを痛感します。
ああ、なんで車の免許を取得しなかったんだろうと
今になって初めて後悔という念がわいてきます。







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wxy812 at 20:40|PermalinkComments(0)生活 | 思うこと

2022年01月25日

「恋せぬふたり」第3回



うーん‥考えさせられます‥

人間はこの世に生を受けた瞬間から世間へ放たれます。

世間の仕組み、世間の常識、世間の目、世間の風の中で
物心がつく前には、自己は受け身で構築されていきます。

しかし自己を認識する頃になりますと
他人の中に置かれた自分や、環境を強く意識すると共に
自分という人間を受け止めながら
自身に内在する「もの」を考えるようになりますよね‥

そして、世間の風に真正面から当たるようになると
自分の物事へ対する捉え方や考え方が
意外にも少数派だったりすると、ビックリする事もあります。

それに伴い、幼い頃からの習慣や生活様式
親に言われた事などが精査され
自己認識が再構築されていくのは当たり前でしょうね‥



幼い頃から自分には理解できない「恋する気持ち」という感情を
「いつかわかる」と友人や親にずっと言われ続け
その言葉を真に受けて生きてきた咲子‥

高橋羽も兒玉咲子も世間の方程式に当てはまらない
自身のセクシャリティを認識するまでには
違和感を覚えるのはもちろん、無理をしたり
嫌な想い辛い想いをしてきたと想像します。

二人はひょんなことから
お互いが同様のセクシャリティであることを知ります。

今までのもやもや感を解き放つことができるような
心のどこかで求めていた「気楽」な人間関係を
もしかしたら二人で築けるかもしれないチャンスを目の前にし
お試し同居を続行しているのですが‥

咲子が不本意ながら2度の関係をもってしまった
同僚のカズくんが二人の前に乱入するのです‥‥

予告を観るとカズくんが、まさかの同居???
でも‥‥願わくば咲子が好きならば理解者になってほしいです‥


それにしましても「自分のセクシャリティはどうなってるの?」
という問があれば「千差万別ですのでご自由に」という
一言の答えがあれば足りるような気がしますがねぇ‥

「みんな違って当たり前」な世の中に早くなってほしいです。







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2022年01月24日

優しくなれない

私の親友は自分のご両親の介護が必要となった時
間髪を容れず施設へ入居という手はずをとりました。

同居はしていませんでしたし
仕事もしていたので当然の成り行きなのかな?とは想いましたが
私は「えっ!」とあまりにも素早い行動に対し
ドライだなァ‥と生じる感情は否めませんでした。

しかし、介護も4年目となった母の体調の変化から
譫妄を生じた事がきっかけとなり、急激に進んでしまった認知症は
いままでの生活のリズムに変調を来しています。

身内であればある程
どうしても以前の母の姿と比べてしまい
どうしたんだろう!今までこうだったのに
どうしちゃったの?的な想いが頭から離れず
母を攻め立ててしまうのです。

DSCF1921

昔の親族の介護は記憶にありますが
当時は家督相続ということもあり家族は大人数でした
ですから介護老人は部屋に寝かされ
誰が介護をするという決まりもなく
部屋を通りかかった誰かが
ついでに面倒をみるような雰囲気でした。

しかし‥今この家は私しか母を看る人間がいないのです。

ですから余裕なんてないに等しいわけです。

理解のできない母の行動に対し
自分の都合だけで「ちょっと!何やってんの!」という
優しさのかけらもない言葉が飛び出てしまうのです。

だったら介護のプロがみてくれる施設に
母を預ける事の方がよいのかな?
お互い傷つけ合わずにすむし
母への態度を悔いながら過ごす事もなくなる‥‥
そう考えるようになりました。

介護と一口に言いますが
世の中の皆さんはよくやっていらっしゃるなぁと
実際その立場にどっぷりと浸かって初めて実感します。



優しくなれない‥なぁ‥

優しくなりたいですよ‥そりゃぁ‥








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wxy812 at 00:44|PermalinkComments(0)生活 | 思うこと