僕のヤバイ妻!2月22日ファミリー劇場で放送!天保十二年のシェイクスピア公演中止!残念です!

2020年02月24日

天保十二年のシェイクスピアを再び観て思った事

天保十二年のシェイクスピアの初見は
公演2日目2月9日のマチネでした。

そしてあれから約2週間経ちました
一昨日2月22日のマチネを観覧してきました。

前回はオペラグラスで一生さんの三世次を
興奮状態で見漁っていたと言うこともあり
舞台の全体像を掴み取る余裕はなかったと自覚しています。

しかし今回はのめり込んで観ることができました。
笑ったり、涙ぐんだりしながら
3時間35分という上演時間が2時間位にしか感じませんでした。



私が天保十二年のシェイクスピアの作者井上ひさし氏を認識したのは
NHKで1960年代に放送された「ひょっこりひょうたん島」という
人形劇の原作者というところからです。

当時井上氏はメディアでの露出度が高かったような記憶があります。
幼かった私はひょうきん顔のおじさんという印象をもちました。
お笑い系の方?と誤解していた時期が少しあります。
後にこまつ座の存在を知り熊倉一雄さんとの関係も知りました。

しかし井上ひさし氏の作品を手にとり読んだことはありません。

この天保十二年のシェイクスピアという戯曲の存在も
今回高橋一生さん出演という事がなければ知り得なかったと思います。

私自身の舞台の観覧記憶と言ったら
中学生時代のミュージカル「ヘアー」と
20代の頃京王プラザホテル前の
大きなテント小屋での「キャッツ」と
その他数えても両手で足りる位乏しいものです。

ところが今回この舞台を観覧することになり
もし私が母の介護と言う役目を担っていなければ
際限なく通っていただろうと思います。
それほど面白く舞台という分野に目覚めてしまったと思われます。


天保十二年のシェイクスピアは音楽劇とあるだけに
舞台後方では作曲の宮川彬良氏自らが加わっての
生演奏という贅沢さです。
この音楽がとってもセンスが良く
まるで井上氏が意図していたかの如く
心地よい音階と共に躊躇のないことばが
私の耳に胸に染み込んでいくのを感じました。

ブルース、ボサノバ、昭和歌謡と曲調にも富んでいて
特に私は「賭場のボサノバ」
「もしもシェイクスピアがいなかったら」は
すでに鼻歌になってしまうほど染み込んでしまいました。

三世次の「ことばことばことば」きじるしの王次の「問題ソング」
などは井上氏の歌詞の意味深さが聞きながら観ながら伝わってきます。

音楽を聞きながらダイナミックな舞台装置にも目が奪われます。
舞台観覧の乏しい初心者なのですが斬新な舞台装置だと感じました。



特に鏡仕様の装置は観客をも映し出すというもので
舞台上の鏡に観客席が映された瞬間
なぜか気恥ずかしさと後ろめたさを感じてしまったのは
なぜなのでしょうか

自分を自覚できなくなっている三世次が
鏡を観て自分の醜さを改めて自覚し驚き嘆いたように
舞台の中の世界を他人事だと思うなよという
まるで挑戦状を突きつけられたような気がしました。

役者さんは言うまでもなく精鋭揃いで
2005年の蜷川幸雄版でも隊長役を務められた木場勝己さんは
実に素晴らしく語り口調を変化させながら
観客を舞台を引っ張っていきます。
プロローグで昨今の時事ネタを交えながら述べ
草草に観客を引き込みながら舞台へと誘う様はお見事でした。

梅沢昌代さんはいわずもがな大活躍の方ですし
辻萬長さんしかり、ミュージカル界の星浦井健治さんは
きじるしの王次で暗黒の三世次の対岸に居る
正に輝く星のような存在の役でした。

登場とともにキラキラとした
存在感のある役者さんであることがわかります。
きじるしの王次の登場により
三世次の色がますます暗く黒く淀んでいくのです。

そして今回の佐渡の三世次は高橋一生さんです。
歴代の三世次は川上隆也さん、唐沢寿明さんが演られています。

一生さんの三世次は哀愁を漂よわせながらも
鋭い目つきが獲物を狙うが如く次から次へと
刃物より大量殺傷することのできる
「ことば」と言う武器を操り出世していきます。

自分の醜い顔と体、抱え百姓という身分の出である三世次は
自身の存在を嫌と言うほど自覚していました。

だからこその、三世次の生き方なのだと感じました。

三世次は自身の存在を周りから蔑まされ
優しく愛された事がなかったのでしょう
世の中への捉え方が歪むのも無理はないように思いました。

三世次が「全てを相対化した時俺は初めていくのだ」と
嫌がる遊女を相手に行為をしながら歌った時は
自身を自覚する三世次がそこに居たのです。



しかし三世次は出世し代官になったは良いのですが
自分が見えなくなるのです。

阿漕な年貢の取り立てをし、百姓出身の三世次が
百姓の期待を裏切るのです。

結局三世次は好きな女に自分自身を突きつけられ
しかもその女と交わる事もなく
自身と同じ出身の百姓達にとどめを刺され
最期を迎えます。

私は舞台を観ながら
「ああ!三世次!これで楽になるね!もういいよね」
と思うのですが‥
なんでしょう‥結局三世次の一代記なのでしょうが
多分そんなに簡単なものでは無いのかもしれません。

私は不勉強な人間でシェイクスピア作品は「ロミオとジュリエット」
「ハムレット」「リア王」位しか読んだ事がありません。
シェイクスピアのパロディであることを全て気づいたわけではない
この私でも充分楽しめる舞台であり
しっかりとした骨組みの戯曲である事は言うまでもないのですが
こうやって思い出してみますと三世次の一代記というだけでは
腑に落ちない何かを感じてしまうのです。
まあ捻くらなくてもいいのでしょうが
まだ私には気がつかない何かがあるはずです。

「天保十二年のシェイクスピア」という戯曲を研究したくなります。
井上ひさしさんの本も読んでみたくなります。

又観たい‥





にほんブログ村 シニア日記ブログへ

にほんブログ村



mixiチェック

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
僕のヤバイ妻!2月22日ファミリー劇場で放送!天保十二年のシェイクスピア公演中止!残念です!