母の病状その2「岸辺露伴は動かない」主演高橋一生!

2020年10月10日

母の病状その3

昨日台風の影響で小雨降る中タクシーに来ていただき
酸素ボンベと杖ごと母を先に乗せ
傘をさしながら極力減らした入院の荷物を持ち
書類等、預ける薬、水、飴ちゃん
一口おにぎり等の入ったリュックを背負い
保険証、印鑑、現金等の入ったポシェットを肩から掛け
朝8時10分頃配車センターに連絡するも
生憎の雨のせいなのか20分程かかると言われ
病院へ8時30分到着の予定がずれ込んでしまいました。
(ここで母といらん喧嘩をしてしまうわけで‥)


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コロナの影響で書類だけの入院手続きだけでは入院できません。
入院当日まずは問診票記入、PCR検査、胸部CT検査終了後
検査の結果が出てから患者だけ病室へ通されます。

家族は家族室で担当看護師の説明を聞きお薬等を渡してから
病室を見る事なく帰宅するという流れになります。

結果が出て入退院受付へ呼ばれたのが11時半近くでした。

私の場合看護師さんとのお話とお薬の受け渡しの後
医師からの説明がありましたので
8時半に家を出てからすべて終わり帰宅したのが14時でした。

こうなりますと電車で一駅、車だと10分という
比較的近い距離がありがたいです。

駅で崎陽軒のシウマイ弁当を買うのが精一杯で
どこかで食事をするという余裕はありませんでした。


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私はまだ60歳代ですが高齢の妻が夫を夫が妻を看ている
いわゆる老老介護となりますと本当に大変だろうなあと想います。
患者さんの中に比較的大勢そのような方々をお見かけします。
右往左往している様子を見るたび
コンシェルジュのような存在の人がいればなあと想います。

大学病院の通院は延々と待ち時間が長く
その上患者を車椅子に乗せあちこち検査に歩き
トイレの世話もしなければなりません。
朝早くから一日がかりになりますので体力が必要ですし
私のように運転免許を持っていないと行き来にも気を使います‥

母の場合は娘である私が主に介護をしていますが
仕事をしている義妹もすでに何回か休んで母に付き添っています。
全く一人でないので助かります。


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医師の説明を聞きますと母が満身創痍という状態である事を
ますます強く納得せざるを得なくなりました。

母は50代の頃腎臓の状態が悪くこの病院へ入院した事がありました。
昭和63年のカルテに
7歳の頃腎臓を悪くしたとの母へ問診の記述あったそうです。

数値は比較的安定しているものの慢性の腎臓病でした。

この時の入院は覚えていますし見舞いにも来ました。
しかし私は嫁いで離れていましたので詳細を知りませんでした。

結局その腎臓病がネックとなりカテーテル治療TAVIへのゴーサインが
出ないのです。リスクを伴うからです。

もしそのリスクが現実となったとしたら母の人生はきつくなります。
だったら今のこの状態を入院中の処置で改善して頂き
なるべく早く退院し
いつもの生活に戻った方が自然のような気がしました。

来年3月で母は満90歳となります。
突然死を防ぐための改善治療に至る検査の段階で
生じるリスクが高いということがわかった今
今まで通り週2回酸素ボンベ持参でデイサービスへ通い
週一回のリハビリをしながら在宅医療に支えて頂き過ごす事の方が
一番最善の生き方のような気がします。

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それにしましてもあの状態で89歳までよく生きたなあと想います。

人間の命の終りは誰でもそうですが
明日か半年後か一年後か誰にもわかりません。

ただ‥穏やかであればいいなあ‥と想います。

こうなれば協力者として関わるしかありません。
それこそもう母との喧嘩はご法度ですなあ‥


こうやってブログに書くことで漸く気持ちが落ち着いてきました。
やはりここ一ヶ月と言うものちょっと落ち着きが無く
ドキドキしていました。自分に気の小ささにビックリでした‥
夫の死を経験してからというもの
私は年々気持ちが小さくなっているようで‥
メンタルクリニックの受診を考えています。
人間て難儀な生き物です



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wxy812 at 11:32│Comments(0)生活 | 思うこと

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