母と私のコロナワクチン事情アルフォートと美しい日本に出会う旅と‥

2021年08月19日

2021年の夏って‥

東京五輪開催が2020年7月に決定した2013年(平成25年)の私は
波乱に満ちた50代も最終ページに差し掛かろうという頃でした。
弾けるような歓喜に湧く開催決定の瞬間がニュースで流れました。

あれから8年経ちゃった‥えーっ!?
で、東京2020オリンピックは‥‥
一年遅れの2021年7月23日の開会式後、無観客で
17日間の全日程を8月8日に終えました。
1964年開催の東京五輪開会式の入場行進曲
古関裕而氏作曲の「オリンピック・マーチ」で締められ
閉会となりました。


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片やメダル獲得に沸く一方で
片やコロナ感染者数の増大という現実を見つめる刹那
時だけはつつがなく流れ
ガッチリと組み立てられた在宅介護スケジュールは
リハビリ、デイサービス、在宅医療、訪問看護、眼科通院等‥と
意外なほどのハードスケジュールで
母と私を黙々とレールに乗せ動かします。

そんな最中、今回のオリンピックは1964年開催の
東京五輪の世の中の雰囲気を遠い記憶の彼方から
ふわ~っと連れてきて来て、私の体を包みました。

あの頃小学校4年生の私は小学校ぐるみで桜木町へと続く国道へ移動し
煙を棚引かせ、ひた走る聖火ランナーを目で追いました。
あっという間の出来事ですが鮮明に覚えています。

その後、1964年10月10日の真っ青に晴れ渡った空の下を
NHK朝のテレビ小説「エール」の主人公、古山祐一のモデルである
古関裕而氏作曲の「オリンピック・マーチ」とともに
出場する各国の選手団が整然と列をなし
背筋を伸ばし颯爽と格好良く行進する様をテレビで見ました。

それと共に昭和天皇の五輪開会宣言は気持ちを高揚させました。

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思い起こせば‥アベベ・ビキラ、ドン・ショランダー
ベラ・チャスラフスカと海外の選手の名を今でも覚えているのは
世の中の高揚感が子供にも充分伝わり
それぞれの活躍に深く感慨を得るに至ったからだと想います。

当時の世の中は確実に明るい未来へと向かうエネルギーが漲り
東京五輪に対し喜びと期待と笑顔が満ち溢れていましたねぇ‥

すったもんだの東京2020オリンピックの後に
やって来たのは私の誕生日‥
今年もテレビで慰霊のご様子が流れていましたが
御巣鷹山の日航機墜落事故があった8月12日は私が生まれた日です。

36年前の7月末日、長男を里帰り出産した私が
あの8月12日の晩、実家の居間でバースディケーキを前にし
祝ってもらっている最中に見たテレビ画面のテロップが
日航機が行方不明という第一報でした。

その後はニュースやワイドショーに釘付けの毎日でした。

そうか‥息子は36歳なんだなぁ‥と‥流れた年月のリアルを
感じ、それ以上に「あの時の12歳の少女」が
50歳に届こうとしている事に思い当たりました。
少女にとって、あの瞬間から続く毎日を生きて行くということは
九死に一生を得たという事ではないだろうな‥とも感じます。

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そしてお盆‥以前お盆は大勢で迎えたものですが
コロナで今年も盆棚作り、迎え火、送り火は私一人‥
色々ありますよそりゃぁ‥

それにしても、こんなに雨続きのお盆は記憶にないです。
そして涼しいというより肌寒かった‥

変な夏です。でも暦ではもう秋。

推しの供給情報が楽しみな今日この頃です。



先日昨年末に続く「岸辺露伴は動かない」の4,5,6話が
12月に放送される事が決定しました
今から体の芯がゾワゾワするくらい非常に楽しみにしています。
‥にしても秋ドラマの供給はないのかしら‥







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wxy812 at 21:19│Comments(0)生活 | 思うこと

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