生活

2019年12月01日

一生さんのカレンダー!ありがと!

今日から12月です。
人生のめぐりは何と早いことでしょう‥
一週間、一月、一年と言っている間に
4、50年なんて年月はそれこそ
面白い本のページをめくる位の感覚で過ぎてしまいます。
つい先だってと思っていたら10年も前だったりします。
皆さんも心して毎日をお過ごしください

DSCF7584

私の大好きな高橋一生さんのカレンダーは最後の一枚となりました。

当たり前の事なんですが年頭に最初の一枚を掲げた時は
現在の「まさか」の状況を予想だにしていませんでした。

このカレンダーとともに出来事が次から次へと
飛び交うように流れていきました。

1月末に年老いた母を救急搬送してから急に生活がざわつきはじめ
2月3月の入院、退院、膝関節症の悪化、歩行困難
介護認定、リハビリ、デイサービス、在宅医療開始、在宅歯科治療
5月には2回目の母の救急搬送となり7月に退院しましたが‥
同じ7月に実弟夫婦がこの家へ引っ越してくるという‥
6月7月は滝のような汗を流しながら弟夫婦を迎え入れるため
荷物を移動してましたっけねえ
で、現在は母の介護に明け暮れ
慣れない弟夫婦との二段構えに近い生活です。

が、これはこれで楽しもうとする気持ちもあるわけでして
人間というのは結構臨機応変に対応できるものです。

一生さんのカレンダーは思い出深いです。

あら気が付かずにすみません
よく見ますと来年のカレンダーが最後のページにありました。

DSCF7588

でっ 一生さんどこへいくの待ってー

DSCF7587


一生さんありがとう
今年もあと一ヶ月か‥

来年1月は映画「ロマンスドール」
2月からは舞台「天保十二年のシェイクスピア」が続きます




にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへ

にほんブログ村




mixiチェック
wxy812 at 14:11|PermalinkComments(0)

2019年11月18日

リビング・ウィル



私が日本尊厳死協会を知ったのは
2004年に亡くなった
父の介護や看護から看取りに至る最中でした。

父の治療法や適している病院などを調べていると
生命維持装置の記事にぶち当たりました。
その中に日本尊厳死協会、リビングウィルという
見慣れない言葉があったのです。

日本尊厳死協会とは命の終わりが近づいたら
延命処置を望まないで、自然の摂理にゆだねて寿命を迎える
自分の意思を表した「リビングウィル」を発行している協会です。

つまりリビングウィルとは
自分自身の人生の終末期には、このようにして欲しいと
希望をのべておく事前指示書のことだったのです。

良く混同されてしまうのが「安楽死の合法化」です。
慈悲と思いやりが基本となってはいますが
自殺幇助は日本も含め多くの国が犯罪と定めており
延命治療を希望しないリビングウィルとは異なるものです。

尊厳死宣告は公正証書で宣言する方法や
私のように日本尊厳死協会に入会し作成する方法があります。

urx1WLKGg1PyMkf1574037584_1574038271

しかし法制化されているわけではありません。
理由の一つとして「国が個人の死に介入すべきでない」という
国としての姿勢もありますが、市民レベルの意識の低さや
意思表示の困難な知的障害者の団体からの懸念の声等もあり
なかなかスムーズには進んでいません。

ですからリビングウィルが準備されていたとしても
親族の誰かが訴えを起こしますと
治療をやめた事で医療者が殺人を疑われる可能性があり
免責を認める法律のないなかで本人の希望だからと
生命維持装置を外す事はできないと言う声は多いのです。

DSCF4140


私は以前姑の姉のお見舞いに出向いたことがあります。
私からみると義理の伯母にあたる人なのですが
病室に入り話しかけても何の反応もなく
ただ寝ているだけの状態でした。

しかし肌理細かい白い肌はまるで幼女のようにピンク色に輝き
80歳をとうに越えているとは思えない程でした。
聞きますとすでに6年もこの状態だということでした。

栄養が行き渡っている上に陽にあたらないという状況下で
あのような肌になるに至ったのでしょう‥
なんとも切なく不思議な光景でした。

あの時の伯母の様子
父親の病死までの過程
その後に夫が倒れ死に至るまでを経験して
つくづく思った事がありました。

人が死を迎えるにあたり判断を一歩間違えると
傍にいる人々を
過剰に巻き込んでしまう危険性があるということです。

人は病床に臥してしまいますと他者の時間と労力を
頂戴しなければ生きていけません。
その上治療方法や手術等の承諾なども委ねねばならなくなります。

自身の意識がしっかりとしているうちはいいのですが
もし意識がなくなってしまった場合
承諾等の判断は他者が決定しなければなりません。

生命維持装置の取り付けの判断もそうなります。
意識もない自分が生かされている光景を想像すると
やるせなくなりますし
他者に余計な気遣いはさせたくないです。

それならばリビングウィルを準備して
しかも周囲に知らせておけばいいかなと思ったわけです。





にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村









mixiチェック
wxy812 at 15:01|PermalinkComments(0)

2019年07月18日

母と弟夫婦と私と‥

とうとうスタートしてしまった私達の生活。

弟夫婦が同居の意思を私と母にはっきり告げたのは
母が入院したと同時のようなタイミングでしたから
たしか5月の後半でした。

私としましてはいずれはそうなるとは思っていたものの
いきなりでしたので急流の中に飲み込まれるような
焦りと驚きを覚えました。

母の入院、その後の介護の問題
引っ越しとなれば荷物の整理も伴います。
いずれも簡単なことではなく
相応のエネルギーが必要です。

KIF_0381


そして今7月中旬‥

一ヶ月半の入院を終えた母を
親切な介護タクシーに乗せて帰宅する事はできましたが
筋肉が削げ落ち立つのもようやっとという状態です。

2ヶ月もたっていないのに
家の中、人の状況、生活の流れが激変しました。

よく案ずるより産むが易しと言いますが
私の場合考える間もなく
急流に抵抗することもなく身を任せるのみで
今ここに倒れ込むように漂着しているような状態です。

ですから案ずる暇もなかったのですが
果たして産むが易しという心持ちになる事ができるのでしょうか。



にほんブログ村 シニア日記ブログへ
にほんブログ村


mixiチェック
wxy812 at 11:22|PermalinkComments(0)