映画

2022年02月12日

「ドニー・ダーコ」を観てみました



WOWOW2月のプログラムガイドを見ていましたら
「ドニー・ダーコ」という作品名が目に飛び込んできました。

「ん?」どこかで見たなぁ‥と思いあたり
すぐにピンときました!そうだ!
以前高橋一生さんのインタビュー記事で
「僕ドニー・ダーコが好きなんです」っていうのを読みました‥

リミスリ関係の記事でした。
リミスリ自体がスポットライト理論の作品でしたので
時空の変化が描かれているという共通点がありました。

記事には『「こうであったかもしれない人生」が
提示されるんだけれど
どんなに時系列が変化していこうとも
心の流れはスムーズなんです』とありました。(キネマ旬報NEXTvoi.16より)

だから観てみました。
2001年アメリカの映画です。

なるほど難解かと思いきや
観終わって感じた事は
ドニー・ダーコの頭の中で起きている
まさに「こうであったかもしれない人生」とともに

繊細すぎるがゆえの生き難さや、危うさの感じる
彼の心の流れの様子が掴めました。

そして‥タイムパラドックスによって
ドニー・ダーコの究極の優しさに触れながら
自己犠牲というなんとも切ない成り行きまで
味わうことができました。

意外にも余韻の残る映画でした。

ドニー・ダーコが心の中で飼っていたとも言える
銀色のウサギは、鬱積した心を開放するスイッチなんですかね‥
あいつはドニー・ダーコを煽っていました。

私も幼い頃、普段はいないけれどスイッチが入った時
現れていた「モノ」があったような‥
かすかな記憶があるんですけれど‥

でも、成長するに従い居なくなりました。


飛行機の部品がドニー・ダーコの部屋を直撃した時
「こうであったかもしれない人生」が
ドニー・ダーコの脳裏を瞬時にして駆け巡った‥
そんな気もしてきました。

人間の有り様は、小説よりも
奇なりって事がありますよね‥



ドニー・ダーコ Blu-ray
パトリック・スウェイジ
ポニーキャニオン
2016-10-19






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2021年11月27日

るろうに剣心 最終章 The Beginning

母の介護以外にコロナ禍ということもあり
一昨年の1月に「ロマンスドール」を映画館で
2月に「天保十二年のシェイクスピア」を日生劇場で観て以来
映画や演劇を劇場へ観に出向くという事はなくなりました。

最近はどうしても手元に置きたい映画、演劇は
ディスクで観ていますし、その他はデジタルコンテンツ等で観ます。

昨日は先日届きました
「るろうに剣心 最終章 The Beginning」を観ました。

佐藤健さん主演の「るろうに剣心」は知ってはいましたが
私の好奇心の範囲外の映画でした。
正直言いまして高橋一生さん目当てという理由だけで購入しました。

幕末のもつ得体の知れない空気と期待感が漂う混迷の中
国を左右するような枝葉が複雑に交差する思想を巡り
それぞれの実現を強く目指す多くの若者らが
自分達が考えうる国の未来を描き我武者羅とも言える勢いを持ち
命すらかけてエネルギッシュに動き回る動乱の世界を描いています。

後に抜刀斎と恐れられた抜刀術の極みに達した
緋村剣心(佐藤健さん)を見出した
倒幕派の長州藩士桂小五郎役が高橋一生さんでした。



ひと目観た途端、アンニュイな空気を纏いながらも
人の意を射貫くような桂小五郎の上目遣いに
相手を思いやりながらも自身の想いを
貫こうとする色気を強く感じました。

卓逸した存在感と同時に、彼の中で暗躍する数知れぬ想い等が
観ているこちらに飛び込んできました。

上に立つ者としての落ち着きと大人っぽさを充分に持ちあわせ
追手からは徹底して逃げ通す柔らかい身のこなしは
逃げの小五郎などと言わしめます。

彼にとっては新しい日本を勝ち取るための
確たる想いあっての道のりであったと私は捉えます。

同じ尊皇攘夷派の中でも過激派思想を排除しようとしたのが
新選組だったわけなのですが
藩という方向性を持つ存在との兼ね合いも
一層複雑な体を成していたと想います。

そんな背景の中で繰り広げられる緋村剣心と雪代巴の
無垢な男女の成り行きに胸が詰まる想いでした。



得体が知れないけれど、どこかおおらかで‥
そして‥肉欲的で、生々しさが漂います。
でも‥危険で、死は隣合わせ‥

胸がうずく程の強い期待感が湧き上がり
居ても立っても居られない‥

そんな世の流れに自己の想いを委ねた刹那的な生き方は
想像しただけでもエロティックです‥

やっぱり映画は観てみないとわからないなぁ‥と
つくづく想いました。

食わず嫌いのようなものでした。

実に、質の高い映画でした。
面白かったです。





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2021年11月01日

「約束のネバーランド」を観て「わたしを離さないで」を想う‥

ネタバレ注意

先日録画した映画「約束のネバーランド」を観ました。

ピーターパンが子供や妖精と住む夢の国「ネバーランド」‥
イメージ的にはファンタスティックな映画なのかな?と
何の予備知識もないまま観ました。

果たして‥

ベッドが整然と並ぶ広い洋室に
朝の光がレースのカーテン越しに優しく射しこみます。

子供たちのざわめきが目醒たばかりの空気を一気に覚醒させます。
十代半ばから未就学と思しき子共達の集団が
白に統一された服に着替え、格式高そうな洋館の廊下や階段を
元気よく走り抜け、温かな朝食の準備が整う食堂を目指します。
どの子も一様に弾けるような笑顔をたたえ幸せそうです。

ここは孤児院です。



この孤児院には子供達から「ママ」と呼ばれ慕われている
優しく美しい女性がいます。
イザベルというこの女性は子供達全ての世話をします。

イザベルの組むカリキュラムに則り
子供達は非常に高い集中力を身につけ勉強に励み
お休み時間には広大な庭でのびのびと心置きなく遊びます。

しかし庭の周りに設けてある柵の向こう側には
絶対に出てはいけないという強い規則がありました。

子供たちは孤児院全体を「ハウス」と呼ぶのですが
誰一人「ハウス」の外の世界へ出た者はいないようです。

子供たちが「ハウス」に居られるのは16歳までで
それまでに、それぞれ里親に引き取られ「ハウス」を出ます。

私はこの映画前半の映像を観たときから
「あれ‥?」という想いがすでに頭を擡げていました。
以前観た、あるドラマと同じ世界観がそこにあったからです。

考えすぎかな?と想いつつ観続けると‥‥

里親の元へ引き取られたとばかり思っていた子供達は
実は人喰い鬼の餌になるために
順番に「ハウス」から出されていたという事実が判明したのです。

その人喰い鬼は特に頭脳明晰な子供の「脳」を欲していたのです。

世話係のイザベルは最上級の質の良い子供の脳と
健康でストレスのない子供の身体を人喰い鬼へ献上するため
最高のカリキュラムを組みながら飼育していたのです。

子供たちは首筋に彫られた6桁の番号と
耳に埋め込まれたチップで管理されていました。



ここまで来るとこれはもうあのノーベル文学賞を受賞した
カズオ・イシグロが2005年に発表した長編小説
原題Never Let Me Go、日本語訳「わたしを離さないで」を
モチーフにした作品なのかな?と思わざるを得ませんでした。
(「わたしを離さないで」については本ブログ2020年11月13日付を読んでください)

「わたしを離さないで」においても
クローンである子供たちは寄宿舎の中で育てられていました。
病の人間に健康な内蔵を提供するため
緻密なカリキュラムがしっかり組まれた中で生活します。

そして、提供できる健康な身体に育った頃一時社会へ出されます。
その間、内蔵提供したクローン仲間の介護人ともなり面倒も見ます。

社会に出たクローン人間には
数年のうちに戦争の招集令状のような提供指示の赤紙が届きます。

提供は3回位が限度で、まれに4回提供という強者も‥
空っぽになった身体は全てが終り焼却炉へと運ばれます。

映画「約束のネバーランド」は
2016年から連載された漫画の実写映画化ということですが
救いは人喰い鬼に食べられる前に
残された子供達全員が勇気と希望を持って
「ハウス」から無事脱出出来たことです。

今回、「約束のネバーランド」の映像に観る
「ハウス」全体に存在する世界観は
ドラマ「わたしを離さないで」で観た「寄宿舎」と同じものでした。


何の知識も無く観たので、ちょっとビックリでした。




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