思うこと

2020年11月23日

母の病状その5

母は先月10月9日に入院しました。
そして19日にドクターカーに乗って転院しカテーテル治療を終え
11月20日に再びドクターカーに乗り元の病院へ戻りました。

そこでリハビリを終え退院帰宅となるかと思いきや
今のうちにリハビリ型の病院を見つけ退院と同時に
今度はそちらへ入院した方が良いという方向性で事が進んでいます。
カテーテル治療により傷ついた血管の問題と
食の極めて細い母の栄養状態を見据えての判断です。

予想外の出来事です。

ここまで長く入院生活が続くという事は
カテーテル治療を施す前に説明されたリスクが
母の身に現実となって及んでいるという事なのです。

予想以上のゴタゴタ感で私自身相当参っています。


DSCF0433


母のカテーテル治療は当初考えていませんでした。
胸水貯留を改善していただいてから家に帰り
今まで通り自然な流れの中で生活する所存でした。

しかし超重症大動脈弁狭窄症で軽度大動脈弁逆流
しかも大動脈弁は三尖とも高度石灰化を認められた上に
その他数多の病態も判明したため
悠長な事も言っていられない雰囲気でした。

退院して家に戻っても又すぐに入院か又は突然死‥‥
一か八かの賭けのような心境になったのは
仕方のないことだったと思います。

医師も患者も改善のための提言と決断だったのですから。

そんな身内の心情を察して最終的な判断をしたのは母自身なのです。
「私はいやだよ!」と言っていればどうだったのか‥



私、「コウノドリ」というドラマを最近観ました。
産科医を通して人間の誕生の現場を描く物語です。

誕生の現場でも昔は救えない命が数え切れない程ありました。
当然のように諦めていた命が
医学の進歩により救えるようになりました。

「救えるからこそ、救われたからこそ苦悩する家族がいる。
命を救う事はどういう事なのかな。難しいね。」
と、いみじくもドラマの中で医師が言ったことばは
片や母の場合年老いた人間の最終段階を見据えての
選択だったわけですが胸に染み入りました。

89歳という高齢のため長引く入院は
認知症と筋力の衰えというリスクも背負っています。
その上病院は現在コロナで面会禁止になっていて
タブレットでの面会しか出来ない状態となっています。

何とも言えない心境です。


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2020年11月13日

「わたしを離さないで」!を観る‥



原題Never Let Me Go(わたしをはなさないで)は
2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが
2005年に発表した衝撃的な長編小説です。
英国では100万部を超える大ヒット作となりました。



「わたしを離さないで」は
イギリスで映画化され、日本では舞台化されましたが
2016年1月期のTBS金曜ドラマにおいて
世界で初めてテレビドラマ化され放送されました。
原作ではイギリスを舞台に描かれていますが
日本に置き換えて森下佳子さんが脚本を手掛けています。

森下さんの脚本、主演に綾瀬はるかさん他三浦春馬さん
水川あさみさんという俳優さんの名前を見て興味をもち
観始めました‥

が‥しかし正直1話2話と観て3話を観るのをやめようか‥‥
と一瞬戸惑いました。

第1話のあの冒頭の場面‥‥看護師姿でもない
ごく普通の私服姿の保科恭子(綾瀬はるか)は
病院の手術室から出され酸素マスクがまだ曇っている状態の
土井友彦(三浦春馬)が横たわるストレッチャーを押し
慣れた様子でエレベーターに乗りある場所で降ります。
そして看護師から渡された注射を恭子は躊躇なく友彦に打ちます。

曇っていた友彦の酸素マスクは
みるみる透明になりもう曇る事はありませんでした。

恭子は焼却炉と思しき扉を開け
その中へ友彦を滑らすように入れ
焼却と書いてあるスイッチを押します。
恭子は終始一貫流れるような動作で全ての行為を終わらせました。

????何が起こったのだろうと思い観続けていると
陽光学苑という寄宿学校で過ごす子供達の様子が流れます。
そこで起きる出来事に対し私は違和感を覚えました。

しかしそれらの出来事は布石として打たれた事が後でわかります。

その学苑は恭子や友彦が育った学び舎でした。



結論から言います。

そこはクローン人間を健康に育てる場所であり
彼らは病んだ人間に対し臓器を提供する為
段階的な行程を経ている途上でした。

彼らは普通の子供ではなかったのです。
特別な使命を持ちそれを遂行するために
必要な知識と何よりも望まれる人格を身につけるべく
教育を施されていました。

クローンの施設の中にあって陽光学苑は特別な存在でした。

陽光学苑は長い時間をかけ検討を重ね最善と目される
カリキュラムを作り出し細心の注意をはらいながら
子供達を教育していたのです。

陽光で育った子供たちは学苑を出た後
3年間は提供を免れる特権を持ちます。
それは陽光の卒業生が知的で従順で
自分の置かれた立場に理解があり
良い介護人、提供者になるという実績があるからなのです。

少しでも提供を先に延ばしてやりたいという想いがあったのです。

なぜかと言いますとこの時点では明かしてはいませんが
校長自身がクローンであったからなのでしょう‥

観ていると気持ちが落ち込むというか‥暗くなると言うか‥
重すぎると言うか‥何とも言えない気持ちになりました。

一体何なんだこれは‥
ドラマの中ではあるのですがあってはならない事が起きている
そう思うと悍ましさと倫理観の無さを覚え辛かったです。

提供、解体、空っぽ、介護人、猶予‥そして‥かれらは天使‥‥



どこまで行っても使命は必ず遂行されます。
臓器提供は一回、二回、三回‥‥
普通は三回‥たまに4回という強者もいる‥でもそれで終了。

友彦は4回の提供で空っぽとなり介護人だった恭子が
任務として行ったのが焼却炉へ友彦入れるという行為だったのです
介護人は同じクローンの中から選ばれます。



まるで戦争中の赤紙が来るように
ある日突然提供と言う使命の赤紙が若い彼らに必ず届きます。

彼らは人間の為に施す臓器のストック的存在‥
短い命‥限られた命にされ中年まで生きた者はいないのです。

人間は牛、豚、鳥の命をもらって自分の糧とします。
彼らはそれと同じような位置づけなのでしょう‥
人間からはぞんざいに扱われます。

彼らは置かれた中で精一杯生きようと
悩み苦しみ時には快楽にふけり
提供の瞬間を迎えるしっかりとした覚悟を得ようと心を整えます。

少なくも彼らは擦れもせずに育ち
自分の置かれた立場を充分に理解し
その時を比較的冷静に迎えているようでした。

観ていて生きるってなんだろう?と思いました。
どのみち命というのは理由は千差万別いつかは消えます。

彼らのような事は絶対にあってはならない事ですが
制約された環境で凝縮された時間の中を
覚悟を決め健気に生きる様は
Xデーがいつかわからず生きている私のような人間にも
覚悟という二文字を意識させてくれました。

彼らの持つ荷物の少なさが全てを物語っていました。

絶望的で救いのないドラマだと思っていましたが
生きる事の意味という普段考えないような事が頭を擡げました。

観て良かったと想います。深くて太い作品でした。
一回観たら忘れることは出来ないと想います。


保科恭子を演じる主演綾瀬はるかさんは
俯瞰して生きる恭子の姿勢を良く表していて
普通ならば感情が間欠泉のように吹き出るような場面でも
自分を律し深く広く捉える様は覚悟の権化のようで
言うなればそれは菩薩の様でした。
綾瀬さんの透明感のある雰囲気が恭子に纏わる事情の深刻さを
より強く感じる呼び水になっていたようです。

三浦春馬さんは
クローンを隔離し健康に育てる陽光学苑という施設内で
世間に揉まれずに育ち感性が子供のままの土井友彦役を
誇張もなくごくごく自然に演っていらっしゃいました。
濁りのないきれいな瞳を輝かせ提供前の一時を世間にふれ生活します。
しかしその瞳の輝きがだんだんと無くなっていく様が
観ていて本当に辛かったです。

水川あさみさんは陽光学苑の子どもたちの中でも少し大人びていて
子供特有のドライな残酷さを持つ酒井美和の役でした。
この美和には正直途中観ていて腹が立ちました。
気分が悪くなるほどで嫌になりました。
それは水川さんが美和になりきっていたからなのでしょう。
しかし考えたら無理もないことです。
強そうに見えて弱い美和は恭子に依存していたのです。
仲の良かった恭子と友彦を無理やり引き剥がしたのも
恭子を友彦に取られたくなかったからだと告白し恭子に謝ります。
美和は自分の介護人に恭子を指名し最後の提供の時を迎えます。
手術室に運ばれるストレッチャーの上から
美和は恭子に訴えるのです「わたしをはなさないで!!」と‥


それにしても人間の飽くなき欲望から生じる
自然の摂理に反する行為はもうやめにしませんかと言いたいです。

クローン技術‥この先どうなっていくのだろう‥怖いです。



【新品】わたしを離さないで 早川書房 カズオ・イシグロ/著 土屋政雄/訳
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2020年10月25日

シェイクスピアのことばに支えられる

10月24日(土)午前4:05放送のラジオ深夜便
「私の人生手帖」を私は聞いていました。
この日のゲストは翻訳家・演劇評論家の松岡和子さんでした。

松岡さんは平成5年1993年から始めた
シェークスピア全37作品の翻訳の完訳を目指し
日本では女性として初めて目前に控えています。

平成10年からは彩の国さいたま劇場で蜷川幸雄さん演出によります
シェークスピアの全作品の舞台化を目指す
壮大なプロジェクトがスタートしたのですが
その翻訳を松岡さんが手掛けたそうです。

今回のお話で私は特効薬のような「ことば」を頂きました。

現在の母の病状の場合
リスクの高いカテーテル治療を決行してしまって良いのか?
転院せずにあのまま退院したほうが良かったのか?‥など‥
自分でも以外なほどヘロヘロ状態になっている最中でした。

しかしその「ことば」を聞いて
ヘロヘロ状態がスーっと薄まるような感じがしたのです。

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「雀一羽が落ちるにも天の摂理が働いている。

今来るなら後には来ない
後で来ないなら今来るだろう

今来なくてもいずはれ来る

覚悟が全てだ。」


書かれてから400年以上経つ現在でも世界最高の劇作家と言われ
世界中で上演され続けていますが、シェークスピアの「ことば」に
松岡さんは看護や介護などの人生の岐路で支えられたそうです。

上記のことばをハムレットが
どのようなシチュエーションで発っしたのかと言いますと

ハムレットの殺害を目論んだ国王が
オフェーリアの兄であるレアティーズの復讐心を利用し
ハムレットとレアティーズのフェンシングの試合を催したのです。

レアティーズの剣は先の鋭い禁じ手である上に剣先には毒を塗り
その上ハムレットが喉を潤すであろう毒杯まで用意するという
周到な準備の上に仕組まれた親善試合とは名ばかりのものでした。

この試合に挑む直前に嫌な予感を覚えたハムレットでしたが
前兆など気にしてはいられないと放ったのがこの「ことば」なのです。

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松岡和子さんが人生において一番フニャフニャになった時
それは御主人が食道がんを疑われた時だそうです。

検査をし悪性であったら進行度合いはどの位なのか
手術をするのかどうか?全部わからない時に
ハムレットの「覚悟が全てだ」が出て来たそうです。

「死はいつ来るのか?死はいずれ来るんだ!だったら覚悟しておけば
いつ死んでも同じじゃないか」と思えたそうです。

手術を施す予定だったそうですがご主人は誤嚥性肺炎をやってしまい
結局在宅看護となってしまったそうです。
この時も「覚悟が全て」を毎日言っていたそうです。

ガ-っと吸引器でご主人への吸引を施しオムツ交換をし
隣室の書斎で仕事をするという状態だったそうですが
この翻訳のお仕事も気持ちの切替ができて良かったそうです。

私ふっと思ったのですが教養というのは
自分の危機や岐路をできるだけ円滑にする
「ことば」を持つ事でもあるのかなとつくづく想いました。
松岡さんはことばを扱うお仕事だったわけですが
やっぱり日頃から読書や人とのお付き合いで見聞を広め
多くの「ことば」を獲得しておくことが大事ですね‥





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