シェイクスピア
2021年06月04日
シェイクスピア全訳 松岡和子さん
昨年の10月、このブログに
「シェイクスピアのことばに支えられる」という記事を書きました。
松岡和子さんが1993年から始めたシェイクスピア37戯曲の
完訳を目前に控えていることや
松岡さんがご主人の闘病で精神的にフニャフニャになった時
支えになった言葉がシェイクスピアの
「The readiness is all(覚悟がすべてだ)」だったという内容でした。
そしてこの度とうとう37戯曲の完訳を果たされたそうです。
本日(6月4日)の朝日新聞の朝刊に載っていました。
シェイクスピアの喜劇「終わりよければすべてよし」をもって
昨年12月18日に訳了したそうです。
「ラジオ深夜便」のコーナー『わたしの人生手帖』で
初めて松岡さんのお声を耳にしたのが昨年の10月でしたので
あの直後が訳了だったのですねえ‥
50歳すぎてからの挑戦ですので28年の歳月が流れています。
日本語全訳は、日本では女性として初めてで
個人としては坪内逍遥、小田島雄志さんに続き3人目だそうです。
松岡さんの翻訳の強みは
現代の日本の芝居をたくさん観て、台詞を耳で聞いている事と
同音異義が多い日本語で訳した言葉が
別の意味に聞こえないかという想いがあって
芝居の稽古現場へ出向き、そこで演出家や役者とディスカッションをし
最終的な上演台本をつくるという戯曲翻訳の原体験を
ずっと続けていた事にあると想います。
「訳者として作品の解釈はしても
演出は最小限にとどめるのが基本姿勢。
でも声のトーンを聞いて違った言葉も浮かぶことがある」
「役者さんの感性はすごい。『ハムレット』の中のオフェーリアの
ある場面の言葉遣いに違和感を抱いていたら、松たか子さんに
❝わたしそれ、親に言わされていると思ってやってます❞と言われ
一気に氷解した」という松岡さんのインタビュー記事から
やはり原体験は松岡さんの翻訳に反映し
不自然に感じない言葉と、生きた言葉をもたらし
納得のいくかたちで落としこめるのでしょう。
松岡和子さんの37戯曲翻訳は
ちくま文庫全33巻「シェイクスピア全集」に収められています。
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シェイクスピア全集33 終わりよければすべてよし (ちくま文庫 しー10-33) [ シェイクスピア ]
「シェイクスピアのことばに支えられる」という記事を書きました。
松岡和子さんが1993年から始めたシェイクスピア37戯曲の
完訳を目前に控えていることや
松岡さんがご主人の闘病で精神的にフニャフニャになった時
支えになった言葉がシェイクスピアの
「The readiness is all(覚悟がすべてだ)」だったという内容でした。
そしてこの度とうとう37戯曲の完訳を果たされたそうです。
本日(6月4日)の朝日新聞の朝刊に載っていました。
シェイクスピアの喜劇「終わりよければすべてよし」をもって
昨年12月18日に訳了したそうです。
「ラジオ深夜便」のコーナー『わたしの人生手帖』で
初めて松岡さんのお声を耳にしたのが昨年の10月でしたので
あの直後が訳了だったのですねえ‥
50歳すぎてからの挑戦ですので28年の歳月が流れています。
日本語全訳は、日本では女性として初めてで
個人としては坪内逍遥、小田島雄志さんに続き3人目だそうです。
松岡さんの翻訳の強みは
現代の日本の芝居をたくさん観て、台詞を耳で聞いている事と
同音異義が多い日本語で訳した言葉が
別の意味に聞こえないかという想いがあって
芝居の稽古現場へ出向き、そこで演出家や役者とディスカッションをし
最終的な上演台本をつくるという戯曲翻訳の原体験を
ずっと続けていた事にあると想います。
「訳者として作品の解釈はしても
演出は最小限にとどめるのが基本姿勢。
でも声のトーンを聞いて違った言葉も浮かぶことがある」
「役者さんの感性はすごい。『ハムレット』の中のオフェーリアの
ある場面の言葉遣いに違和感を抱いていたら、松たか子さんに
❝わたしそれ、親に言わされていると思ってやってます❞と言われ
一気に氷解した」という松岡さんのインタビュー記事から
やはり原体験は松岡さんの翻訳に反映し
不自然に感じない言葉と、生きた言葉をもたらし
納得のいくかたちで落としこめるのでしょう。
松岡和子さんの37戯曲翻訳は
ちくま文庫全33巻「シェイクスピア全集」に収められています。
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シェイクスピア全集33 終わりよければすべてよし (ちくま文庫 しー10-33) [ シェイクスピア ]
wxy812 at 20:05|Permalink│Comments(0)
2020年10月25日
シェイクスピアのことばに支えられる
10月24日(土)午前4:05放送のラジオ深夜便
「私の人生手帖」を私は聞いていました。
この日のゲストは翻訳家・演劇評論家の松岡和子さんでした。
松岡さんは平成5年1993年から始めた
シェークスピア全37作品の翻訳の完訳を
女性として日本で初めて目前に控えています。
平成10年からは彩の国さいたま劇場で蜷川幸雄さん演出によります
シェークスピアの全作品の舞台化を目指す
壮大なプロジェクトがスタートしたのですが
その翻訳を松岡さんが手掛けたそうです。
今回のお話で私は特効薬のような「ことば」を頂きました。
現在の母の病状の場合
リスクの高いカテーテル治療を決行してしまって良いのか?
転院せずにあのまま退院したほうが良かったのか?‥など‥
自分でも以外なほどヘロヘロ状態になっている最中でした。
しかしその「ことば」を聞いて
ヘロヘロ状態がスーっと薄まるような感じがしたのです。
「雀一羽が落ちるにも天の摂理が働いている。
今来るなら後には来ない
後で来ないなら今来るだろう
今来なくてもいずはれ来る
覚悟が全てだ。」
書かれてから400年以上経つ現在でも上演され続けられている
世界最高の劇作家シェークスピアが描いた「ことば」により
松岡さんは看護や介護など、人生の岐路で支えられたそうです。
上記のことばをハムレットが
どのようなシチュエーションで発っしたのかと言いますと
ハムレットの殺害を目論んだ国王は
オフェーリアの兄であるレアティーズの復讐心を利用し
ハムレットとレアティーズのフェンシングの試合を催したのです。
レアティーズの持つ剣は先を鋭くした禁じ手である上
剣先には毒を塗り、その上ハムレットが喉を潤す事を前提に
毒杯まで用意するという、周到な準備の上に仕組まれた
親善試合とは名ばかりの、悪意の元開催された試合でした。
この試合に挑む直前に嫌な予感を覚えたハムレットでしたが
前兆など気にしてはいられないと放ったのがこの「ことば」なのです。
松岡和子さんが人生において一番フニャフニャになった時
それは御主人が食道がんを疑われた時だそうです。
検査をして悪性であったら‥進行度合いはどの位なのか‥
手術をするのかどうか?など、何もわからず不安な時に
ハムレットの「覚悟が全てだ」が出て来たそうです。
「死はいつ来るのか?死はいずれ来るんだ!だったら覚悟しておけば
いつ死んでも同じじゃないか」と思えたそうです。
手術を施す予定だったそうですが
ご主人が誤嚥性肺炎になってしまい
結局在宅看護となってしまったそうです。
この時も「覚悟が全て」を毎日言っていたそうです。
吸引器でガ-っとご主人への吸引を施し、オムツ交換をし
隣室の書斎で仕事をするという状態だったそうですが
この翻訳のお仕事も気持ちの切替ができて良かったそうです。
「最悪なことが起きても、自分はちゃんと立っていないといけない。
この言葉は今も私の心棒として強さを増している」
と松岡さんは言います。
私、ふっと思ったのですが教養というのは
自分の危機や岐路をできるだけ円滑にする
「ことば」を持つ事でもあるのかなとつくづく想いました。
松岡さんはことばを扱うお仕事だったわけですが
やっぱり日頃から読書や人とのお付き合いで見聞を広め
多くの「ことば」を獲得しておくことが大事ですね‥
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「私の人生手帖」を私は聞いていました。
この日のゲストは翻訳家・演劇評論家の松岡和子さんでした。
松岡さんは平成5年1993年から始めた
シェークスピア全37作品の翻訳の完訳を
女性として日本で初めて目前に控えています。
平成10年からは彩の国さいたま劇場で蜷川幸雄さん演出によります
シェークスピアの全作品の舞台化を目指す
壮大なプロジェクトがスタートしたのですが
その翻訳を松岡さんが手掛けたそうです。
今回のお話で私は特効薬のような「ことば」を頂きました。
現在の母の病状の場合
リスクの高いカテーテル治療を決行してしまって良いのか?
転院せずにあのまま退院したほうが良かったのか?‥など‥
自分でも以外なほどヘロヘロ状態になっている最中でした。
しかしその「ことば」を聞いて
ヘロヘロ状態がスーっと薄まるような感じがしたのです。
「雀一羽が落ちるにも天の摂理が働いている。
今来るなら後には来ない
後で来ないなら今来るだろう
今来なくてもいずはれ来る
覚悟が全てだ。」
書かれてから400年以上経つ現在でも上演され続けられている
世界最高の劇作家シェークスピアが描いた「ことば」により
松岡さんは看護や介護など、人生の岐路で支えられたそうです。
上記のことばをハムレットが
どのようなシチュエーションで発っしたのかと言いますと
ハムレットの殺害を目論んだ国王は
オフェーリアの兄であるレアティーズの復讐心を利用し
ハムレットとレアティーズのフェンシングの試合を催したのです。
レアティーズの持つ剣は先を鋭くした禁じ手である上
剣先には毒を塗り、その上ハムレットが喉を潤す事を前提に
毒杯まで用意するという、周到な準備の上に仕組まれた
親善試合とは名ばかりの、悪意の元開催された試合でした。
この試合に挑む直前に嫌な予感を覚えたハムレットでしたが
前兆など気にしてはいられないと放ったのがこの「ことば」なのです。
松岡和子さんが人生において一番フニャフニャになった時
それは御主人が食道がんを疑われた時だそうです。
検査をして悪性であったら‥進行度合いはどの位なのか‥
手術をするのかどうか?など、何もわからず不安な時に
ハムレットの「覚悟が全てだ」が出て来たそうです。
「死はいつ来るのか?死はいずれ来るんだ!だったら覚悟しておけば
いつ死んでも同じじゃないか」と思えたそうです。
手術を施す予定だったそうですが
ご主人が誤嚥性肺炎になってしまい
結局在宅看護となってしまったそうです。
この時も「覚悟が全て」を毎日言っていたそうです。
吸引器でガ-っとご主人への吸引を施し、オムツ交換をし
隣室の書斎で仕事をするという状態だったそうですが
この翻訳のお仕事も気持ちの切替ができて良かったそうです。
「最悪なことが起きても、自分はちゃんと立っていないといけない。
この言葉は今も私の心棒として強さを増している」
と松岡さんは言います。
私、ふっと思ったのですが教養というのは
自分の危機や岐路をできるだけ円滑にする
「ことば」を持つ事でもあるのかなとつくづく想いました。
松岡さんはことばを扱うお仕事だったわけですが
やっぱり日頃から読書や人とのお付き合いで見聞を広め
多くの「ことば」を獲得しておくことが大事ですね‥
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wxy812 at 14:42|Permalink│Comments(0)