大動脈弁狭窄症

2021年06月14日

在宅介護の生活をくどくどと‥‥

在宅介護という生活にどっぷりと浸かっている今日この頃‥
気が付けば私事の生活の流れはぷっつりと止まっています。

以前でしたら一日がかりになるような買い物も
観たかった舞台や映画も
もっと言えば掃除や日常の買い物、散歩に至るまで
何の制約も無く自由に行う事は当たり前でした。

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しかし90歳で介護2の母を在宅介護で看るという生活となり
こんなにも行動が拘束されてしまうとは思っていませんでした。
遠い昔に経験した子育てをしている頃よりも束縛度が強いです。

母といえば家の中で歩行器を使って歩き
リハビリの時間になりますと押し車、四点杖を使い
家の周りを休み休み、よちよちと歩き
トイレは夜だけポータブルを使用し
日中は付添いなしで家のトイレを使用できる状態ではありますが

一日3回の食事の支度は、蛋白質の量に気を使い
カリウムをできるだけ排除して作らねばならず
メニューを決めるのが難儀で、正直しんどいです。

夕食だけは栄養士が計算した
冷凍の制限食を解凍し用意しますので気が楽です。

毎朝、体温、血圧、体調の記録と緑内障の目薬を点眼し
毎食後の薬の管理ももちろん私がやります。
ぬり絵、簡単な計算等をやったり
雨、雪以外はリハビリのために短い距離ではありますが
押し車、杖を使った散歩に出ます。

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その他、月曜日の午前に看護師訪問と入浴
火曜日の午後にリハビリ
隔週火曜日の午前に在宅医の訪問診察
木曜日のデイサービスの送り迎え時の待機と世話
金曜日午後の歯科医訪問
月一回のケアマネ訪問

年に一回の一日がかりとなるペースメーカー検査
半年毎の大学病院での術後フォローも一日がかり‥
眼科の通院は車椅子を使用し3ヶ月に一回です。

こんな毎日が続いているわけで
自分自身の体のメンテナンスすらおろそかになります。

介護生活のきっかけとなる2年前の入院に至る数週間前まで
母は一人で電車に乗り待ち合わせのレストランで
友人達との会食を楽しんでいましたので
迂闊にも母の介護を深く考えていませんでした。

その上私は母が持病を幾つも抱えていることすら知らなかったのです。


DSCF2159


それにしましても母には私がいるので
現在の生活がなんとかつつがなく送れているわけです。
一人暮らしだったらどうなるのだろう?

介護2ですので特別養護老人ホームに入居はできませんし
もし介護3になって申し込んだとしましても
すんなり入居はできぬ高嶺の花なのです。

まあ民間の老人施設に入居って事になるんでしょうね‥

実は大動脈弁狭窄症でTAVI治療を施された後の母は
病院から介護老人保健施設入居の打診をされました。
しかしある項目において当てはまらず取りやめになりました。


今になって、ああ!介護ってこうなんだって気が付いています。

くどくどと書いてしまいました。

目の前のやらねばならない事だけに集中!って
自分に言い聞かせています。







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wxy812 at 16:33|PermalinkComments(0)

2020年11月23日

母の病状その5

母は先月10月9日に入院しました。
そして19日にドクターカーに乗って転院しカテーテル治療を終え
11月20日に再びドクターカーに乗り元の病院へ戻りました。

そこでリハビリを終え退院帰宅となるかと思いきや
今のうちにリハビリ型の病院を見つけ退院と同時に
今度はそちらへ入院した方が良いという方向性で事が進んでいます。
カテーテル治療により傷ついた血管の問題と
食の極めて細い母の栄養状態を見据えての判断です。

予想外の出来事です。

ここまで長く入院生活が続くという事は
カテーテル治療を施す前に説明されたリスクが
母の身に現実となって及んでいるという事なのです。

予想以上のゴタゴタ感で私自身相当参っています。


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母のカテーテル治療は当初考えていませんでした。
胸水貯留を改善していただいてから家に帰り
今まで通り自然な流れの中で生活する所存でした。

しかし超重症大動脈弁狭窄症で軽度大動脈弁逆流
しかも大動脈弁は三尖とも高度石灰化を認められた上に
その他数多の病態も判明したため
悠長な事も言っていられない雰囲気でした。

退院して家に戻っても又すぐに入院か又は突然死‥‥
一か八かの賭けのような心境になったのは
仕方のないことだったと思います。

医師も患者も改善のための提言と決断だったのですから。

そんな身内の心情を察して最終的な判断をしたのは母自身なのです。
「私はいやだよ!」と言っていればどうだったのか‥



私、「コウノドリ」というドラマを最近観ました。
産科医を通して人間の誕生の現場を描く物語です。

誕生の現場でも昔は救えない命が数え切れない程ありました。
当然のように諦めていた命が
医学の進歩により救えるようになりました。

「救えるからこそ、救われたからこそ苦悩する家族がいる。
命を救う事はどういう事なのかな。難しいね。」
と、いみじくもドラマの中で医師が言ったことばは
片や母の場合年老いた人間の最終段階を見据えての
選択だったわけですが胸に染み入りました。

89歳という高齢のため長引く入院は
認知症と筋力の衰えというリスクも背負っています。
その上病院は現在コロナで面会禁止になっていて
タブレットでの面会しか出来ない状態となっています。

何とも言えない心境です。


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wxy812 at 15:58|PermalinkComments(0)

2020年10月30日

映画「スパイの妻」はお預け

行こうと思えば行いけるのかな‥
「スパイの妻」‥

もし近場の映画館で
上映していたらなら観に行っているだろうか‥

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「ロマンスドール」の時もそうでしたが
「スパイの妻」も上映館が少ないのです。
今回も時間にしてたどり着くまで1時間半はかかります。

心臓疾患の状態が超の付く程深刻な母を想いますと
楽しみにしていた映画ですが
見る気持ちは萎えてしまいました。

そして母は昨日高リスクを背負いながらカテーテル治療を終えました。

重症の大動脈弁狭窄症に対する新しい治療法である
TAVIという治療を施して頂きました。
簡単に言いますと傷んだ大動脈弁を
カテーテルで人工弁に取り換える治療です。

しかし母は腎臓疾患も抱えており体への負担を
なるたけ減らすということで
術前の造影剤を使用する検査などは思うように
行なえませんでした。

結果心臓の弁は滞り無く施術を終えましたが
母の場合血管が弱かったようで
カテーテルの施術により血管が傷ついたようです。

もちろん手術で修復できる体ではありませんので
血圧を一定に保つ薬でなんとか凌ぎ
様子を見て何事もなく安定してきたらリハビリをして
それから退院という運びになりそうです。

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幼い時に患った腎臓、生活習慣から発生した高血圧など
色々改善の余地もあったでしょうにここまでの状態に至ったのは
本人が体に対してあまり思いやりが無かったからとも想います。

しかし医学の発達により突然死の心配が少なくなっただけでも
母にとって幸せな事なのかなぁ‥

術後母は口に管が入り麻酔から完全に醒めてはいないようでしたが
看護師さんが「もうわかると想いますよ」とおっしゃいますので
話かけてみましたらツツツーっと目尻から涙が一筋流れてきました。

心細かっただろうなぁ‥かわいそうだったなぁ‥

いろいろな想いが一遍に頭の中をぐるぐるしました。

退院後の母の生活はうまくいくだろうか?

そして私は「スパイの妻」を観に映画館へ足を運べるのか?



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wxy812 at 08:56|PermalinkComments(0)