鶴のうた

2021年10月13日

政次から岸辺露伴へとつながる‥

2017年NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」において
井伊家筆頭家老小野和泉守政直の嫡男小野但馬守政次
幼名鶴丸が、後のおんな城主直虎となる幼名おとわと
おとわのいいなずけであった分家の嫡男
後の井伊直親である幼名亀之丞との三人で
井伊谷を駆け巡っていた頃
鶴丸はいつも能面を背負っていました。

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              NHK大河ドラマ おんな城主直虎より

この能面を鶴丸に背負わせるというアイディアは
NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」のチーフ演出の
渡辺一貴さんだそうです。

『人間はそれほど豊かに自分の想いというものを
ストレートには表情に出さないのかもしれない‥

そんな相手を見て人間は自分の気持ちを反映したり想像したりする‥

そこで、あくまでもフラットな芝居に徹し
そこから観ている人に
感じ取っていただければいいと思っていました。』と
一生さんは、この能面の存在から
役に対するイメージを膨らませたそうです。

観る側にとってはそこにあからさまな表現が無い分
受け取る感じ方は千差万別で、広がりが生まれます。

実際、能面は、面・「おもて」とよばれ能面をつけることを
「おもてをかける」と言うそうですが
「おもて」の顔を見せることで
演者は自分を捨て、その裏の暗闇に姿を隠すのだそうです。
舞台上の能楽師と一体となった能面からは
観る角度や観ている側の感覚によりイメージが膨らみ
生きた多様な表情を感じ取ることができるそうです。

DSCF1457
小野但馬守政次の追悼アルバム「鶴のうた」の初回仕様の三方背透明スリーブ・ケースに能面のイメージが採用されています。

一生さんは沈黙し自分を抑え込んだ芝居を
もともと演ってみたいと思っていたそうで
まさに政次の「敵を欺くには味方から」という
日陰に徹した生き方とリンクしていたと言えます。

「おんな城主直虎」は一生さんが俳優として
政次を客観視できなくなるような
ある種の恍惚感を覚えた程の最高の瞬間を迎えた作品でした。

そんなきっかけを齎してくれたチーフ演出の渡辺一貴さんは
昔から「ジョジョ」シリーズのファンで
いつか荒木飛呂彦先生の世界を描きたいと思っていたそうです。

「おんな城主直虎」で1年以上一生さんを見てきた渡辺一貴さんは
「岸辺露伴は動かない」を読み返した時
一生さんなら露伴をできるのでは‥と思い至ったそうです。

やがてそれは直感から確信に変わり
一生さんでなくては岸辺露伴は出来ない!という程に
想いが煮詰まってしまったらしいです。

渡辺さんは一生さんにオファーした時点で初めて
一生さんも露伴が大好きだと知って驚き、運命を感じたそうです。

そして皆さんもご存知のように昨年12月に放送された
「岸辺露伴は動かない」第1、2、3話は大反響を呼びました。

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                  NHK岸辺露伴は動かないより

今年の12月にも第4、5、6話の放送が決まり
ワクワク、ドキドキ感と期待感は今から増すばかりです。

ある誌面に渡辺一貴さんが一生さんに感じる俳優としての魅力が
語られていました。「一生さんの芝居には『匂い』を感じます。
感覚的な言い方になってしまいますが
『匂い』や『色気』としか表現できない“なにか”です」と、ありました。
これを読んだ時「これだ!!!」と想いました。

私も以前から高橋一生さんの芝居にはふわ~っと漂う
時にくすぐられるような“なにか”を感じていて‥

その“なにか”にはある種の耽溺性のようなものがあり
“なにか”を求めて一生さんの芝居を観続けるのですが
供給が途切れると落ち着きがなくなります。

“なにか”がいったい何なのかわからずにいました。
『匂い』です‥そうです‥私もそう想います。

小野政次といい、岸辺露伴といい
高橋一生さんを語る上で無くてはならない
今や代表作となる作品の演出(監督)をされた渡辺一貴さんです。

渡辺さんがテレビドラマの仕事で大事にしていることはなんだろう?
と思い調べてみました。

『ちゃんとした地道な積み重ねと、ちゃんとした芝居と
事前の根回しと、人間関係を作ることが
チームの土台となって新しいものができます。
6割段取り、3割体力、クリエイティブなところは1割』

『自分が楽しくなることで人とのコミュニケーションをスムーズにし
皆さんの力を引き出していく‥
人を演出する前に自分を演出するところから
演出の仕事が始まっている気がします』とのことです。
(CREATIVE VILLAGEより)



「岸辺露伴は動かない」楽しみです。




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wxy812 at 17:41|PermalinkComments(0)

2020年08月03日

竜の道の主題歌「umbrella」

「竜の道」の初回を観終わって思ったこと‥
勿論なんと言いましても冒頭の場面は一瞬凍りつきました。

竜二役の高橋一生さんの顔がまるでお岩様のように片方が腫れ上がり
端正なお顔のはずなのですが変形していて直視出来ないほどでした。
ハードボイルドなので致し方ないのかな‥

そんなドラマ、映画の中で流れるオープニング曲、主題歌は
気持ちがより高揚し集中力が高まる効果があります。

その効果を齎すためには勿論
場面と流れるBGMがマッチすることが命です。
ここで言うマッチとはもしかしたらミスマッチと思える楽曲でも 
観ているこちらの感情と共になり
うねりにも近い状態になればいいわけです。
うまく絡み合ったシーンとBGMは一生忘れられない
映像の記憶として残ることになります。

今まで観た映画でもテレビドラマでも
BGMのお陰様で浮かぶ場面があります。


おんな城主直虎の主題歌と場面場面で流れるBGMは
私の胸に染み込むと同時により深いところで
感情を素直に揺り動かしドラマに入り込める効果が大きかったです。

特に小野政次が命を全うするまでのBGMは濃厚で極上でした。
メモリアルCD「鶴のうた」は発売と同時に購入しました。

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そのくらいBGMと言うのは作品をより印象的にし
視聴者が深く入り込む要素を齎す効果が大きい存在です。

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今回の「竜の道」で流れる主題歌SEKAI NO OWARIの「umbrella」は
初回2時間弱の放送でしたがここ何年かで断トツで印象に残りました。

ドラマの持つ世界観をとっても深く捉えていると想います。
登場人物達の先行きに対する切ない予感すら抱かせますし
聴いていてその場に立ち止まってしまいます。
佳境とのマッチング度合いがドンピシャ過ぎて
気持ちがより高まり涙が出てきます。

傘umbrellaを擬人化した詞がたまらないです。

この先「竜の道」は続きますが
この主題歌「umbrella」との相乗効果により
ドラマも気持ちも盛り上がります。
https://www.youtube.com/watch?v=p7X-hT1v4Vk



「umbrella」の歌詞です

鏡に映る私は透明だった
分かってた事でも知らないままの方が良かった

私は君を濡らすこの忌々しい雨から
君を守る為のそれだけの傘
それは自分で決めたようで運命みたいなもの
何も望んではいけない傷つくのが怖いから

もう一度あの日に戻れたとしても
繰り返してしまうでしょう私はきっとそう

この雨がこのままずっと降れば
願ってはいけないそんな事はわかってるだけど
君に降る雨がいつの日か上がって青空を望んだら
その時私はきっと

もっと自分の事をこんなに知らなければ
もう少し幸せな未来が望めたのかな

あの雪の日私を閉じ空を見上げた
泣いているように見えた笑顔に私は触れられない

悲しくて美しい思い出が
走馬灯のように希望がちらついてしまう
この醜くて本当の気持ちが強くなる前に
きっと吐き気がするほど眩しい太陽

私の気持ちは自由だと誰かが言った
そんな事ないわ運命よりも変えられないの

この雨がこのままずっと降れば
願ってはいけないそんな事は分かっていたはず
君に降る雨がいつの日か上がって青空を望んだら
その時私はきっと

雨が静かに上がり傘立てに置かれた傘
忘れたことさえ忘れられてしまったような


竜の道には主題歌の他オープニング曲があります。
「ミラージュ」です。これが又たまらないのです。
曲が流れた途端、これから起こる事への期待感と共に
ドラマの中へ足を踏み入れる事の怖さとワクワク感がうまれ
気がつけばあっという間に誘ってくれる効果がありました。

竜の道というドラマは
とっても丁寧につくられているなあとつくづく思いました。



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wxy812 at 20:39|PermalinkComments(0)